人生は消化試合

今はただ残された人生を淡々と消化していくのみ

考えても仕方のないこと

(今日は暗い内容なので反転)
今日で漫画家の紺野比奈子が亡くなって一年が経つ。
亡くなった当時にも書いたように友人でもなんでもないただの一ファンに過ぎないが、
家族がいて(おそらくは)両親も健在で多くの友人がいたであろう人が
なぜこんなに早く亡くならなければならなかったのか、
その瞬間、どのような思いをしながら亡くなっていったのかを想像すると
今でも胸が詰まる思いがする。
私なら残す家族も両親もいないので代われるものなら代わってやりたいと思うが
私の命の価値がこの人の命の価値とつり合うとは思えないし、
その一方でこういった訃報を聞いてまだ死にたくないと思っても
自分の命に惜しむほどの価値があるのだろうかとも思う。
もうサイトもTwitterのアカウントも消えてしまったが
今でも消すことができないブックマークとともに
今でも考えても仕方のない疑問を自分に問い続けている。