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人生は消化試合

今はただ残された人生を淡々と消化していくのみ

7年ぶりの再会(後編)

姫路のもう一つの名所(?)「姫路モノレール」跡も見る。

大将軍駅跡が入っているUR高尾アパート。
下にはホテルが入っていたが、閉鎖されて久しい。

手柄山駅側のアップ。中には入れないのでこれが精一杯。

7年前にはなかった施設「手柄山交流ステーション」。
旧手柄山駅の建物を利用したもので、建物の出入口になっているアーチ型の開口部から
モノレールが出入りしていた。

かつてのプラットホームを改装したモノレール展示室。
併設の水族館は有料だが、モノレールは無料で見ることが出来る。

モノレール車両を下から。

モノレール車内。結構座り心地のいい座席だった。

当時の時刻表。
右の時計も当時のものと思われるが、こちらは実際の時刻どおりに動く。
 
都市計画も含めた発想が斬新過ぎたためか、わずか8年で運行休止となったモノレール。
悪い言い方をすれば「失政の証」「負の遺産」ともいえるものであり、
費用がかかるためか道路や他の路線との交差部を除いて軌道は撤去されず、
また、休止後30年以上車両がマスコミや鉄道雑誌に対しても殆ど公開されなかったのは
市政の恥をさらしたくないという考えだったのかもしれない。
ただ、同時期に同じロッキード式モノレールとして開通し、21世紀の目前まで運行していた
小田急向ヶ丘遊園のモノレールが廃止後車両と軌道が共に跡形もなくなってしまったのに対して、
こうして車両などを残せたのは幸運だったのではないかと思う(ちなみに交流ステーションの
計画を進めた姫路市長はモノレール計画を進めた当時の市長の息子)。

2001年3月に行われた「さよなら向ヶ丘遊園モノレール見学会」の整理券。
実はカメラを持って行かなかった(「忘れた」のではない)ため、モノレールの写真はない。
なぜ持って行かなかったのか当時の自分を問いただしてやりたい。