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人生は消化試合

今はただ残された人生を淡々と消化していくのみ

いつかやってくる日

一週間前、母が亡くなった。
 
式場や坊さんの都合で今日ようやく葬儀が済んで帰ってきたところである。
元々治らない(治療法がない)病気にかかっており、いわゆる「植物状態」で長年床に伏せっていたため、
いつ亡くなっても不思議ではないと半ば覚悟を決めていた。
だから正直なところあまりショックはなかったのだが、
それでもあまりにも小さくなってしまった亡骸や、焼かれてさらに小さくなり骨壷に納められたところを見ると
「母はもうこの世にいないのだ」という実感がわきあがり悲しくなった。
 
それにしても父や姉、親戚と集まって母の思い出話をすると改めて私は母ではなく(元)父に似てしまったのだと感じた。
はっきり言って親不孝な息子だったと思うが、特に孫の顔を見せてやれなかったことは申し訳なく思う。
ただ、その一方で(元)父似だとしたらこのロクデナシの血は絶やしてしまったほうが良いのではないかとも思う。
 

「この期に及んで『鉄』ネタかよ」と思われるだろうが、これは1982年に今の横浜みなとみらいあたりで行われた
「中国鉄道展」に母と二人で行ったときの写真である。
調べてみたら赤い輪っかをつけているほうがが旅客用の「人民型」、
蒸気を吹いているほうが貨物用の「前進型」だそうである。
中国国旗をほうふつとさせる赤地に黄色い星、そして「乗風破浪 奮勇前進」と書いてある(と思う)フレーズが
いかにも共産主義国家な雰囲気を漂わせている。

ミニSLの前から六番目に乗っている黒のノースリーブが母が撮った小学五年生だった私である(後ろは桜木町駅)。
思えば「『鉄』の道」にハマるきっかけを作ったのは、小学二年生のときブルートレインの本を買ってきた母であった。
このイベントも私が喜ぶと思って母が連れて行ってくれたのだと思う。
当時のことはもはや忘却の彼方だが、他の写真では笑顔で写っていたのを見るときっと楽しかったのだろう。
 
先のことはわからないが、とりあえず人の道から外れて冥土の母を悲しませることのないように生きていきたい。