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人生は消化試合

今はただ残された人生を淡々と消化していくのみ

サクラ咲け

そこには幾千、幾万もの生活があり人生があり、そして未来があったはずだった。
しかし、それがほんの一瞬で跡形もなく消え去ってしまった。
誰が悪かったわけではない、しかしどうにもならない自然の力の前には人間は無力である。
それが悲しくて、また自分がそうなるかもしれない恐怖と不安が心に重くのしかかる。
特に人付き合いが希薄な身としては何とも心細いものであり、
「別に一人でもいいや(キリッ」などと言うのは平時だからこそ言えるのだと思った。
 

福島県三春町の滝桜。
2005年4月に訪れた前の冬、積雪で枝が折れるアクシデントに見舞われたにもかかわらず、
その後も美しく咲き誇る樹齢1000年以上の桜。
 
写真が手許にないのが申し訳ないが、16年前に訪れた宮城県(仙台)を代表する人物の一人といえば伊達政宗
幼少の頃、疱瘡を患い右目を失ったにもかかわらずその後奥州の覇者となり、今なお「独眼竜」の異名とともに
敬愛される人物である。
 

岩手県盛岡市石割桜
樹齢300年以上、かつては火災で半焼したが今なお咲き続ける生命力の強さは他に類を見ない。
 
かつて幾度となく飢饉に見舞われながら決して滅びることなく生き延びてきた東北人には
きっと人一倍強力な忍耐力や生命力のDNAが備わっているのだと思う。
私にできることは募金と節電ぐらいだが、
あの地震で亡くなった人たちの冥福と、今もなお生きようとする人たちの無事を祈るばかりである。