人生は消化試合

今はただ残された人生を淡々と消化していくのみ

乗るなら今しかねぇ(北陸移動編)

富山からの移動手段は、「乗るなら今しかねぇ」第三弾、来年春退役予定の419系である。
運用が把握できなかったので運任せにしようと思ったら、たまたま前日(18日)書店で見かけた
鉄道ダイヤ情報」で把握するというノープランぶりである(ちなみにちゃんと買った)。

かつての面影が残る敦賀側先頭車クハ419

「元581系」ということをわからせてくれる機器室

「食パン電車」と呼ばれるゆえんとなった直江津側先頭車クモハ419
かつて、419系や715系が誕生した当時「ひょうきん電車」なんて呼ばれていた記憶がある。
ちょうど「8時だョ!全員集合!」に代わって「オレたちひょうきん族」が台頭してきた時期である。

おまけその1、九州鉄道記念館に保存されている塗装だけ元に戻した元クハネ581のクハ715(2005年2月撮影)

おまけその2、仙台車両センター所属の583系。
運転台後ろに機器室がないのがパッと見でわかる581系との違い(2005年4月、郡山駅で撮影)

使われていたときより使われなくなってからの歳月が長くなった中・上段寝台

色が青からオレンジに変わり、ベネシャンブラインドがカーテンに変わっても
この座席を見ると元581(583)系だったことがわかる。
この写真ではわからない、というかアップを撮り忘れてしまったのだが、
テーブル下の栓抜きが未だに残っているのが懐かしい。
そういえば、最後に栓抜きを使ったのはいつだっただろうか。
名残惜しいが糸魚川駅で降りて大糸線に乗り換える。

赤レンガ車庫は消え、それに代わり北陸新幹線の槌音が響く。

大糸線キハ52系から代わったキハ120系。ちなみにトイレは随分ときれいだった(8月31日のブログ参照)。

撮るなら今しかねぇ(かもしれない)DD16形。まだこの時期は出番なしのラッセルヘッドが長いことこの上なし。
新幹線開業後の存続が不確かな大糸線(北線)だが、まだ残暑の季節だからか途中から乗ってきた登山客で
若干立ち客が出るぐらいの乗車率だった。
多分冬は殆んど乗る人がいないのだろうが、いっそ北陸本線糸魚川直江津間と一緒に
JR東日本に移管してくれないだろうか、などと虚しいことを考えてみる。

南小谷駅に到着。日ごろ見慣れたJR東日本様式の駅名標で日常に戻されてしまう。

その後、信濃大町駅から特急バスに乗って長野で宿泊。
旅はまだまだ続く。